蚊帳と書いて「かや」と読める人は少なくなってきている。
日本の夏の風物詩に挙げられた蚊帳も、すっかりとなりを潜めてしまっていた。 蚊帳の歴史をさかのぼると、もともと日本にあったものではなかった。
やはり大陸から渡ってきたもので、唐の時代に奈良の都に広がった。 その当時の蚊帳は絹や綿でできていた。色は生成り色であった。
時代進んで、室町時代になると近江商人たちはこの高温多湿な日本に合うように蚊帳を麻製のものとして、日本独自の蚊帳が出来上がっていった。
寛永三年(1626年)の夏、西川二代目甚五郎は蚊帳の荷を背負って近江から江戸に下る途中、あまりの暑さに大樹の陰で憩ううちに、いつしか夢の中で、緑のつたがらすが、一面に広がる野原にいる自分に気付いた。
生き生きとした若葉の色が目に映えて、気分
はまるで仙境にいるようだったという。
「夢」から覚めた二代目は「これだ!」と思わずひざを打ち、見たばかりの夢のイメージを蚊帳に再現することを思い立つ。
「寝る時も、目覚めた時も涼味あふれる緑の中にいると思えば、蚊帳を使う人の気持ちを和ませ、爽快な気持ちにさせることができる」と二代目は考えたのである。
近江蚊帳は、このようにして萌黄色に染められ、紅色の縁取りをされて登場した。
蚊帳は日本人に愛され続けてきたが、それでも麻の蚊帳は高価なもので、庶民の蚊対策には紙でできた紙蚊帳が用いられ、麻の蚊帳はまさに高嶺の花であった。
時代は進み、第二次大戦後には化学繊維の蚊帳も登場するが、さまざまな要因から蚊帳はその姿を消すようになった。 そんな蚊帳に菊屋は勢いを与え、再び市民権があたえられるようになった。
しかし、ここに蘇った蚊帳は従来の蚊帳とはまったく異なった蚊帳でありその名を菊紋和蚊帳(きくもんなごみがや)という。
菊紋和(きくもんなごみ)は平和で仲良く、お互いの幸せを祈ることができる自然と調和した商品についた商標です。
菊紋和蚊帳の中で、人々は大自然に抱かれたように至福の眠りが得られることでしょう。
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